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■■そんな理由で

語部日常話。刃と歪と狂が登場。一般の語部として、学(マナブ)さん初登場。
多分、年齢は聖よりちょっと上くらい。いい人。
2008/10~2009/02/10

「で、生まれた息子にあろうことか『歪』とかつけた訳だ」
……まあ、つまりは……そう言うことだ。


*               *               *



「オレ、自分の名前ってあんま好きじゃないんスよね」
その会話は、『語部』を両親に持つ少年、学の唐突な言葉から始まった。

「学って……なんかあんまり響きがカッコよくないじゃないっスか。オレ、ベンキョー嫌いだし」
「てめぇ、俺なんか刃だぞ」
学の言葉を拾った刃は、目を半眼にして抗議した。
言葉にすると殺伐とした形だが、実際は聞き分けのない子供に苦笑する兄のような雰囲気である。実の所、彼は子供好きだ。

「……刃さんは字も音も格好良くていいっすよ」
刃の言葉に、学は拗ねたように口を尖らせ続ける。
抗議を受けた刃は、利き手の人差し指で頬を掻くと、今度こそ困ったように苦笑した。
「お前なぁ。『刃』っつったら武器だろ…………意思のない武器であり続けろっつー意味だぜ?」
そこで一息ついた刃は、じっとりと遠い目になる。
「しかもつけたの親父らしいしな……武器で有れっつーのは、まあ守護家なんだから良いが、あの人が言うと本気で洒落になんねーよ」

結構ヘヴィな話を軽いノリでする男に、学はこっそりと眉をひそめた。
彼にとって、もしかして名前の話題は鬼門だったのだろうか。

「が。俺よりある意味すげぇのが……あれだな」
まずっただろうかと凹む学の思考をよそに、刃は学、のさらに背後を見てつぶやく。

目線を追えば、その先には長髪の男。隣にいる、彼と同じ顔の父親――狂と、手に持った書類をはさんで何か議論しているようだ。
大方、分類が微妙な書類の内容を、アーカイブのどこに記述するかについて話し合っているのだろう。
学は、一度瞬きをする。

「歪、サマ?」

学が呟いた名を読み取って、刃の表情に微量の同情がまざる。
「まず名前が既に歪だからな。んで、さらに衝撃の名付けの理由知ってるか?」
「いや。しらないっスけど」
「うん。そうじゃなきゃ自分の名前に文句つけたりしねぇよな」
「な、何なんすか」
含みのある台詞に、体が自然と後ずさる。
刃が、気の毒そうに……けれどおもしろそうにニヤリと笑った。
余計怖い。

「あれの親父が『狂』だろ………ああ、ちなみに狂っつー字には、『懐が深い』とか『器がでかい』とか言う意味もあるんだけどな」
丁寧に補足を入れる。外見は似ていない兄弟だが、こういう気配りが利くあたり、刃は確実に綴の弟だった。
「まあ。とりあえず、当時三十だった爺は自分の名前があんまり好きでなかった訳だ。まあ、音がクルイだしな」
「はあ」
「んで、世の中に自分だけこんな名前じゃ不公平じゃねぇかとか言い出した」
「はあ……って、なんか先の展開見えてきちゃったんスけど」

「……そうか。んじゃ、歪がどんだけあれな名付けなのか良くわかっただろ」
「なんつーか。オレやっぱ学でよかったっス……うん」
生まれて初めて、本気でそう思った。オレこれでよかった。

「うんうん。名前は大事にしねぇとな。……まあ、あいつらの場合、うちと違って多分愛はあるんだと思うけどな」
きっと無意識なのだろう。苦味を含んだ笑みを浮かべる刃に、学は目を見開いた。
いつも明るく、誰にでも気軽い彼が、こんなにも壁を感じさせる表情をする所を、学は初めて見た。

「ああ。仲いいっスよね。歪サマと狂サマ」
とっさに、努めて明るく言葉を返した。
遠くを見るようだった刃の視線が、ふっと近くに戻ってくる。口元には、いつも通りの笑み。
「主に歪が妥協してるけどな。爺の場合、押すことはあっても引くことはねぇし」
学は、内心ほっと胸をなでおろした。きっと彼は、学の動揺に気付いているのだろう。

「……確かに。そんなカンジっスね……」
「おい! バッチリ聞こえちゃってるぜ、イバちゃんよぉ! てめぇもうちょっとオブラートに包んだ説明をしやがれってぇの」
「……オブラートっつってる時点でばっちり自分の過去告白してんじゃねぇかジジイ!」

「事実だからな」
歪の平坦だがよく通る声に、狂はぐっと返答に詰まった。

「………若気の至りだ。許せ孝行息子」
「……もう全てが今更だろう。別段怒る気も無い」
目を逸らし言葉を返す狂に向かって、呆れたように返答した歪は、何を思ったのか、学の元まで来ると、彼の頭に手を置いた。
ぽすぽすと数度撫でると、にっこりと笑いかける。
「誰かが考えてくれた名前なのだろう? 大切にすると良い。私も別段、名が嫌いだと言う事も無い」
「……へっ? あ……は、はいっ」
いきなりの事態に、体を硬直させる学に、刃と歪がふと笑う。

「好きだとは言わねぇんだな」
狂の茶々に、歪は目を細めた。薄い笑顔に、どこか呆れたような色が漂う。
「せめて梓の名がまともであってくれて良かったと心底思っている」
歪の、なんだか微妙に苦さを湛えた言葉に、刃と学は思わず顔を見合わせる。

「そこまで言うかい」
「自らの苦点を、あえて子に負わすような父親に言われたくは無いな」
そのまま、軽口を交わしながら去って行く。あの方向ならば、多分資料部屋にでも向かったのだろう。
……言うだけ言って帰っていった。実は波長があっているのかもしれない親子である。

「う、わぁ。歪サマに声かけてもらっちゃったよ」
嵐のように去っていった親子に、学は無意識のうちに頭を触りながら、呆然と言葉をつむぐ。
語部最高の識者と名高い歪は、その穏やかな性格もあってか、若い語部の憧れの的だったりする。

「……なんつーか……お前見てると新鮮で良いなぁ」
「……ハイ? ソレ絶対ほめてないっスよね?」
苦笑する刃に、学は眉をひそめた。
「そんな事はねぇさ……俺の周囲は濃い奴ばっかだなぁと再認識しただけだ」
刃は肩をすくめるようにして答えた。切実な本心である。


ちなみに、歪の名付けに関しては、刃の年代より上の者は、そのほとんどが理由を知っている。
そのため、本人はあまり気にしていないにも関わらず、彼に名付けの話題が行くことはほとんどない。
これは、語部に数ある、よく分からない不文律の一つであったりもする。

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