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■■それは信じがたい遭遇

公開されないまま埋まっていた、狗神と歪の話。8月に書いたものを発掘しました。
なんと言うか……狗神のボケっぷりがすごい。
続きから閲覧できます。

あ、一応補足しますと。歪の一人称が『私』なのは仕様です。
家族やよく会う者以外に対しては、大抵こちらを使っています。
狗神に対して『私』なのは、外交上の関係から。歪は、律儀で硬いです。
とある晴れた日。
ゆえあって王都のバザー(正規のものではなく、潜りの闇市である)をうろついていた歪は。
視力は良い筈の己の目をつい疑ってしまう程に、信じがたいものを見た。


■■それは信じがたい遭遇


「歪君? こんな所で何をしているんだ?」
王都で出会ったのは、三十代も後半に見える男。獣人なのか、髪の間からは銀色をした獣の耳がのぞいている。
本来ならば、このようなよどみのある場所に在るべき存在ではないのだが。
この場合、それは大事の前の小事だろう。
現在、もっと大きな問題が、まるで歪のツッコミを待つかのように眼前に広がっていた。

「いや。それはむしろ私の台詞……なのだが」
珍しくうろたえているようすの歪に、男は不思議そうに瞬くと自身の姿を一瞥した。
一瞬の沈黙。
「……ああ。まあ。そうか……」
統治者としての顔を持つ彼にしては、歯切れが良くない。
若干眉を持ち上げた歪は、その後に続く男の大真面目な顔をしての言葉に、無表情で撃沈した。
いわく。
「すまないが。私を買ってくれないか?」

この場は王都の地下バザー。ほの暗い闇の中、王都で唯一、人身売買がまかり通る区域である。

「それで。何故、よりによって『貴方』が。あんな所で……しかも売られていたのか、私にも分かるように説明して頂きたいのだが」
その後、男を即金で買う羽目になった歪は、その張本人に対し説明を求めていた。
何故そのような金を所持していたかと言えば、これは歪が地下バザーをうろついていた理由にもつながるのだが。
……ある程度はしょって説明すれば。

一週間ほど前に一族の一人が、バザーに語部の特徴を持つ子供が売られているらしいとの噂を聞きつけ。
その報告を聞いた狂は、その場に最も近い地点にいた歪に通信を寄越した。
狂は歪に、噂の真偽を調査せよと指示を出し、同時に噂が真実であるならその子供を買って来るようにと資金を用意したのだ。
だが、調査は無事終了したが、資金の用意は結局空振りに終わった。
噂は偽りだったのである。
歪が調べた限りでは、その噂は、とある店の主が己の売買ルートに箔を付ける為に蒔いたもので。
それにいらん尾ひれやら、最終的には背びれまで付いてしまったらしい。

勿論、一族の者がバザーで売られていなかった事は喜ぶべき事実であるし、更に、今回はそのお陰で彼を迅速に助ける事が出来たようだ。
まあ、用意した狂も、預かった歪も、それがこのような形で活用される事になるとは予想しなかったのだが。

そんなこんなで、恐ろしいほどの偶然に助けられた男は、どこから話したものか迷っているのか、眉間に皺を寄せている。
長身で体格の良い彼が、それでも強面に見えないのは、多分穏やかな性分が感じられるからだろう。
歪は一つため息をついた。彼の事だから、また何かに巻き込まれたのだろう。
「貴方が身売りをするような立場でない事は理解している。そもそも何故、統括する地を離れたのだろうか?」

彼が所属するのは、武闘派として名をはせる山狗族である。
山狗族と言えば、他種族に疎い人族でも知っているくらいに規模が大きく、更に武闘派と言われるだけに強い。
その地にいれば、流石に人攫いも寄ってこないだろうに。

「年に数度、各地の情勢を確かめる為に里を出る。今回は、北の地を回るだけに留めるつもりだったんだが……丁度帝都にいる時に捕まってしまったんだ」
歪に対してすまなさそうに苦笑する男は、どこまでも穏やかに答える。

「……戦神と名高い貴方が、北の帝都から南のここまで?」
「……その名で呼ばれるのは、数百年ぶりだ」
昔を懐かしんでいるのか、銀の耳が若干そよいだ。
二瞬ほどそうしてから、話を思い出したのか続ける。

「君は分かっているだろうが……私は加減が苦手でな。荒時を起こせば死人が出そうだったから、穏やかに解決出来る機を待っていたんだ」
「……なるほど。私は見事にそれに引っ掛かったと」
歪は、脱力するように肩をすくめた。人間、長く生きるとこのようになるものなのだろうか。
否。歪が知る他の族長達は皆、お世辞にも穏やかとは言いがたい。
つまり、これが彼の性分なのだろう。

「君が通ってくれて助かった。このまま機が来ないようなら、何とかして逃げなければと思っていたんだ」
「ほう」
男の、微妙に焦りの滲む台詞に、歪は面白そうに相槌を打つ。
「長期化すると、一族の者が探しに来ただろう。……血の気の多い彼らが大挙して来ようものなら、それこそ小競り合いどころではすまない所だった」
『戦神』たる山狗族総長が率いる(この場合率いていないが)戦闘では最強と名高い種族と王都守護二十四隊の衝突。
それはもう既に紛争を超えて、純然たる戦争だ。
通りがかっていて良かった。
王都が無くなろうとも、別段語部に大きな被害は無い。が、それでも闘争など無ければ無い方が良い。
理由がしょうも無いものだと知るだけに、歪は余計にそう思った。


彼は、あまたある種族のうちでも、特に規模の大きい山狗族の総長で。
各種族の長とはつまり『始まりの人』を意味している。地上帝から直接力を注がれた、誉れ高い人々だ。
彼自身も、未だ代替わりはしていないので、その身のまま数千年の時を生きている事になる。
だが、長く生き過ぎているのが原因なのか、はたまた生来の性格なのか。

狗神とすら呼ばれる生き神は、どうも少し、ずれていた。

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