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ふと書きたくなった、狂と幸の出会い編。
名前のなかった彼女。見返りを求めない親愛を、知らなかった彼女。
誰にも、「個」として必要とされていなかった、彼女。

だだっと書いたものなので、文章の詰めが甘いです。そのうち校正したいです。
続きに格納。
*     *     *


「オレは狂だ。狂う、と書いてクルイ、だが……まあ、あんまり好きじゃねぇから、くーさんとでも呼べばいいぜ」
男は……狂と名乗った男は、そう言って少女の頭を撫でると……にやりと笑った。



「小さいお嬢サン。アンタは、なんて言うんだい?」

その言葉に、少女はその目を……大きく見開いた。
人の名前を、聞く。人に名前を、聞かれる。
それは、彼女がずっと、ずっと恋い焦がれていた、こと。

少女は、急いで口を開いて、そして。

出てこない言葉に、絶望した。

それは確かに、あった。
けれどどこにも、見つからない。
幸せな、時間。大切だった、日々。
けれどそれはもう、紗がかかったように……そう、それは……まるで霧のよう。

掴むことが……できない。

その、稀有な、左右で色の違う瞳から、涙が、こぼれた。
ああ、こんなにも。

こんなにも、幸せな気持ち、なのに…………それがとても、悲しい。

人に触れて。温かさに触れて。幸せに、触れて。
けれどそれは自分のモノにはならないのだと、突きつけられたような、気持ち。

「名前、ないのかい?」
少女の様子に、男は屈みこむことで彼女に目線を合わせると、真剣な眼差しで問う。
少女は、首を振る。

違う。名前は……あった。幸せは、あった。
けれど今は……ない。なにも。
なにも、ない。

「そうか」
男は立ち上がった。頭に置かれていた手のひらが、離れる。
温度が、離れる。
少女は、目を瞑って、そして眉を寄せた。悲しい。

悲しい。悲しい。悲しい。

温度に触れたのに、幸せに触れたのに、それはずっと私のモノにならない。
名前がない。それは……誰にも必要とされていないということ。

悲しい。離れないで。
けれど、カラッポな彼女には、何も差し出せない。
愛情が、欲しいのに。彼女には、何も差し出すモノがない。

鮮烈な世界で、少女は、少女だけは、いつもモノクロだった。
噛み合わない、歯車。
まるで自分だけが、世界にいてはいけないモノであるかのような。

「じゃあ、オレが付けてやる」
少女は瞑った目を、開いた。見上げた先には、笑う、男。
言葉の意味が、分からなかった。ただ。ただ、眩しい。

「イヤかい? まあ、元の名前があったんだからなぁ」
男の言葉に、少女は首を振る。

必死に見上げる少女の瞳に、男はもう一度笑った。
少女の頭を、そっとなでる。
ああ、一体彼女は、どれだけの間「ひとり」だったのだろう。

そう…………思っていたのだろう?
その稀有な色の瞳は、彼女を、人と隔たせる。

ああ。そうだ。

「ミユキ、だ」

「みゆ……き……?」

「そう。元の名前を思い出すまでの、仮名さ」
狂は、少女の頭を一つ、撫でた。そのままそっと、涙を拭ってやる。

「みゆき。幸せと書いて……ミユキ。オレにしちゃあ、いい名だと思わねぇかい?」


「みゆ、き…………な、まえ………………わたし、の……名前」
呆けたように繰り返す少女に、男は珍しく、とても珍しく、柔らかくほほ笑んだ。
そしてもう一度、繰り返す。

「オレは、狂。あんたの、名前は?」
瞠目した少女は……けれど初めて、ほほ笑んだ。

「わたし、は………みゆき…………幸、です」



それは、少女が初めて、「ミユキ」になった日。

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