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色々あって

作りかけですが、諸事情によりいったん上げます。
狂と歪の対決。続きより閲覧可能。
 足音がする。硬い地面を叩くカツカツという音。
「来たのか」
 薄暗く広い広間。独り言のような小さな声は、しかししっかりと反響する。振り向きざまに声を発した男は髪が長い。
「おう、来たぜ。アンタならココにいるだろうと思ってな」
 失われて久しい文明の遺跡は、ひやりとした空気をまとう。対峙する二人も、その冷気にのまれたかのごとく冷ややかな目で相手をにらむ。
 その姿は、まるで鏡に写したかのように寸分たがわずそっくりだった。
 違うのは、服装と髪の長さだけだろう。
「聡明な貴方なら、自身が私に勝てない事位分かっているだろう?」
 少しの沈黙ののち、髪の長い男が、目を細め暗い冷笑を浮かべ問うた。それは、問いと言うよりもただの皮肉に近いのかもしれない。
 短髪の男、狂(クルイ)は、その言葉に流麗な眉をしかめた。
「分かってるさ。オレではアンタに勝てねぇだろう。だが、それでもオレは……ココで戦わなきゃならねぇのさ。そして、それはアンタの筋書きに必要な部分、なんだろう?」
 狂の言葉に、長髪の男は声を上げて笑う。顔に浮かぶのは、温かみなど欠片も感じられない、狂気的な……笑み。
 声を立てた、しかし静かな嗤笑が、朽ちて久しい遺跡に響く。
「くくく、そこまで理解した上で此処に、私の元に来たのか? とことんまでに難解な男だな」
 笑いを収めた男は、しかし口元に弧を描いたまま目を眇める。 
「世界中でアンタ以上に難解で複雑なヤツはいねぇさ。比べてオレは、別段難解でも何でもないぜ? アンタの思考と性格は大体理解してるだけさ。理解してるってだけで、到底判ってやれはしねぇがな」
「……そうか」
 男は思案気に視線を流すと、独り言のように小さくつぶやく。
 背けれられた瞳には、少しの温度と笑み、悲哀が複雑に満ちていて、狂は小さくため息をついた。
 それが、真実か。
「……オレのこの言葉すら想定範囲内だってんなら、てめぇの人生は相当に難儀だな」
 男は唇を皮肉げに持ち上げた。
「くく、お褒めに与り光栄だ。語部の副当主」
 言葉と共に、腰を折り優雅に礼を取ってみせる。指の動きに至るまですべてが完璧な礼に、にぃやりと浮かべられた冷笑は、いっそおかしいくらいに不釣合いだった。
「他人事みてぇにいいやがって。てめぇもまだ副当主の座からは落っこちてねぇんだぜ? 歪(ヒズミ)。オレの息子」
 言葉と共に、狂は自身の武器である鉄扇を開き神術の詠唱を始める。
 賢者と呼ばれた彼の、詠唱による神術の具現化速度は他の追随を許さない。
 だが、相対するのは彼の息子である、歪。
 語部最強にして最高の傑作は、狂を超える早さで、それも詠唱と物理攻撃を同時にこなす。
「語部の当主はいまだもって相当に甘いようだな、狂。くく、私としては行動し易しく良いが、貴方は動き辛くて敵わないだろう」
 二振りの、刀身のない柄だけの剣を取り出した歪は、それに神力をまとわせ二振りの刃とする。
 神力を具現化させ武器化するこの技術は、歪自身が生み出した。それ自体が神術の最高等級に匹敵する荒業だ。
「てめぇがソレを押し通すってんなら、オレは親父としててめぇに付き合ってやる。後悔だけはするんじゃねぇぜ!」
 狂は前触れなく腰を落とすと、とたん走り出す。初速が速いそれは、本来相手の意表をつく手段。
 彼にとって鉄扇での舞いは、詠唱の流れを計り集中力を上げるためのものでしかない。
 歪は目を細めると、応戦の構えをとる。
 術の詠唱を続けながら鉄扇を閉じた狂は、それを右手で振りかぶり目前に立つ歪へ袈裟懸けに振り下ろした。
 狂の鉄扇には刃が付いている。あたればひどい打撲と裂傷を負う。
 歪は上段に構えた左の剣で、危なげなくそれを受ける。
 ガリガリと、金属がこすれる嫌な音がする。
 力を拮抗させたまま目を眇めた歪は、狂の顔に自身の顔を寄せて嗤いかける。
 と、次瞬には拮抗していた力を緩める。鉄扇を握る狂の力が弛緩した隙に一気に剣を払い、その手から扇を弾き飛ばした。
 そして直後、体勢を崩した狂の胴に向かって、間髪入れず居合いのごとく構えた右の剣を左から一文字に叩きつける。
 体勢を崩している狂は避けることはできない。
 飛んでいった扇が、ざりざりと音を立て地面を滑る。
 歪は若干目を見張った。
 横なぎの一撃は、狂が突き出した左腕に阻まれていた。腕には直接神力が注がれている。
 だが、それを流すには人の身は弱い。狂の腕はすでに血に塗れている。
 一瞬の静止。
 その隙を見て、狂は右手を勢いよく振り上げる。そこから伸びるのは、赤い紐。その先には、はじかれた鉄扇。
 放物線を描く鉄扇を右手で受け取った狂。
 その勢いで後ろに回った腕を、遠心力を使い素早く横にないだ。
 鉄扇が唸りをあげ空中を走る。
 歪はそれを大きく屈むことで避けると、直後何を思ったのか後方に大きく跳躍した。
 直後、それまで歪がいた場所、その地面が激しくえぐれた。狂の対近接神術の一つだ。中級の魔術に相当する威力がある。
 神術の発動を空気の流れで見極めた歪は、そのまま空中で一回転してふわりと地に下りた。
 音すらしない着地は、まるで彼が重力すら凌駕しているかのように錯覚させる。
 歪の黒く長い髪が、いく筋か地面に落ちた。
 さすがに髪までは鉄扇の攻撃を避けられなかったのだろう。
 涼しい顔で最初の間合いに戻った歪に、狂は今まで以上に鋭い目線を向ける。それはすでに敵を見る時のものだ。
 怜悧にして冷酷な、彼のもう一つの顔が姿を見せる。
 鋭い視線に、歪はもう一度にぃやりと口の端をつり上げた。
「くく、これでは話にならないな」
 遊んでいる。これが、語部に二人いる副当主の間に横たわる、けして埋められない力の差だった。
 離れた距離を保ったまま、狂は最初から続けている詠唱に集中する。
 やはり、彼に狂一人で対するのは厳しい。
 元々、狂のような攻撃系術師は、一人で戦うには向かないものだ。
 詠唱が完結する。狂の背後に、光で描かれた大きな方陣が現れた。
「――手伝え! 銀嶺(ギンレイ)!」
 言葉の直後。
 狂のすぐ後ろに出現した銀に輝く長大な生き物は、少し離れた地点で嗤う歪を視界に入れ、呆れたようにぼやいた。
――だから早いうちに何とかしとけっていっただろ。
 声は不思議な響きをもって狂に届く。荘厳な響きをもつ小言に、狂は渋くて苦い顔をした。
「んな事できたら苦労はねぇっての。人間いなくなったらてめぇのヒマ潰し手段もへっちゃうだろ、手伝え」
――はあ、しゃーねぇなぁ。負けたら承知しねぇからな。
 狂は、どこからか取り出した包帯の先を歯でくわえると、手早く左手に巻き止血する。
 今、回復に回しておける力などない。

「世界の敵さんよ。勝負は……これからだぜ」
 歪は、嗤う。
「面白い。果たして、私を本気にさせる事が出来るかな?」

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